松浦香苗さん

松浦香苗さん 神奈川県鎌倉生まれ。中学時代から自分の洋服を縫い始め、以来大好きな布で何かを作ることが一貫として生活の一部になった。一九七一年、雑誌『SO-EN』『ミセス』の手芸ページの企画、制作を手掛け始め、一九七六年から『NONNO』『セゾン・ド・ノンノ』のため世界各国の手仕事を取材して回る。一九七九年、個展「松浦香苗パッチワークキルト展」を東京、銀座和光ホールにて開催。また東京、大阪の「NHK婦人百科手芸フェスティバル」に出品。一九九一年再度、東京銀座和光ホールにて、個展「松浦香苗パッチワーク展―布と遊ぶ」を開催。一九九四年『キルトジャパン』に「松浦香苗のパッチワーク布と遊ぶ」の連載を始め、フランス、イギリス、アメリカの布とキルトを三年間取材し、一九九六年『松浦香苗のパッチワークキルトわたしの好きな布』として上梓。一九九八年、東急日本橋店にて、個展「アメリカンヴィンテージ・ファブリック展」を開催。他にも文化出版局の香苗のパッチワークシリーズを含め、出版した本は三十四冊にものぼり、根強い松浦ファンを持つ。現在、教室は東京で月2回、京都で2カ月に1回開いている。

松浦さんのキルトには、1930~50年代のアメリカやヨーロッパのヴィンテージ・ファブリックが使われていることが多い。松浦さんのお母さんの青春時代、そして松浦さんの子供時代に作られた布である。集めるようになったきっかけは十数年前ニューヨークのフリーマーケットで見つけたフィードサックだった。 フィードサックというのは第二次世界大戦前、家畜の飼料を入れた袋や小麦粉を入れた袋だが、その布袋に色々な柄をプリントして客の心を引き、売上を競ったものだ。不況時代の暗い気分を吹き飛ばすような花、動物、フルーツ、カウボーイなどの明るく楽しいプリント柄が多く、現代のプリントにはないポップな魅力にあふれている。 布が貴重だったその時代の貧しい家庭では、袋の縫い目をほどいて、子供服、エプロン、ハウス・ドレス、カーテンなど何でもその布で作ったのだという。もちろん、キルトにも使われて残っているが工場で大量に生産された袋が今でも未使用のまま残っていたり、少し汚れてフリーマーケットに出たりする。 「アンティークというほど古くはない、この時代のものが好きなんです。何か人懐かしい、古き良き時代の名残を感じるのでしょうね」 フィードサックが作られたのと同じ時代のフランスやイギリスの布もここ数年集めているが、同じことが言える。布が生まれた国の空の色、空気の匂い、そして時代背景・・・。映画や音楽とはまた違った人間の営みが布を通して見えてくるのだ。 キルトジャパン1999年9月号より一部を抜粋
  • 松浦さんと茅木さんは25年来の友人。一緒に海外に布探しの旅に出かけている。先にいい布を見つけて「私も欲しかったのに」と相手を悔しがらせる楽しみも、古い友人同士ならではとか。
  • 1940~1950年代のアメリカのマザーグースの柄の布で作ったタペストリー。ブルーのダンガリーにフロッキー加工の模様が、ポップで大らかさが弾けている。周りのチェックはフィードサックでまとめている。アメリカらしさが出ている作品。
  • 同じ6ポインテッドスターから、色々なパターンが生まれる。サンプルと同じデザインのものを作る人もいれば、バックにする人もいて、それぞれ自由だ。
  • 左上が1930~1950年代のアメリカン・ヴィンテージ・ファブリックでコーディネートしたミニタペストリー。会場に展示した作品を、同時代の布のコレクションから作りたいという要望が多く、コーディネートセットを販売している。セットの表には、柄を生かして裁断したピースの貼り込みがあり、布には裁断する線を鉛筆で書き込み、その柄の生かし方を、作る人に伝えている。