トールペイントの基本
トールペイントとは
トールペイントはヨーロッパからアメリカへ、移民の人々によって持ち込まれました。ヨーロッパの伝統的装飾技法を土台にして、木、ブリキ、ガラス、陶器、布などあらゆる素材に絵を描くことを総称して“トールペイント”または “トールペインティング”と日本では呼んでいます。
アメリカでは、40年ほど前に“デコラティブペインティング”と呼ばれ、新アートとして認知されました。それは、パターンを使って合理的にシステム化されたテクニック指導法で、誰でも親しみやすく上手に描けるという理由で大きな花を咲かせたのでした。また、油絵の具から、色が豊富で濃度も使いやすくなったアクリル絵の具の誕生がブームに拍車をかけ、クラフトとしての地位を確立しました。
(資料提供・監修:バルーチャ美知子)
ヨーロッパの伝統装飾技法
ヨーロッパで生まれ育ったフォークアートは、国によって庶民の家具を飾る手段であったり、宗教的な絵画であったり、王室のデコレーション(装飾)であったりと、さまざまな形で受け継がれてきました。スウェーデンやノルウェーに代表される“ローズマリング”(写真1)は、名前のとおりデフォルメしたバラを中心とする花々を、スクロールやダブルローディングといった筆使いを駆使し、風景画や人物と組み合わせて描かれたものです。18世紀頃に裕福な地主や商人の家のインテリア装飾として描かれ、後に教会のインテリアにも宗教的モチーフを加えて各地に広がりました。
写真1
オランダの“ヒンデローペン”(写真2)は、家具に施されていた手彫りの模様が絵付けの柄として使われ始めました。ヒンデローペンという小さな町の名前からきているこの絵付けは、基本色を赤、紺、緑とし、今も美しい姿で受け継がれています。
写真2
ドイツの“バウエルンマーレライ”(写真3)は、13世紀頃教会や貴族の館においての装飾絵付けが家具に描かれるようになりました。17世紀頃には、象眼細工のような手のこんだ芸術性の高いものへと変わっていきました。しかし、庶民の手の届くようなものではなかったために、幾何学模様などの簡単なモチーフを真似して、安価な家具などに自由に描かれるようになりました。
写真3
ヨーロッパに現存する家具には、トールペイントやステンシルに応用された、さまざまな彫刻デザインが見受けられます。
トール(tole)の語源
18世紀中頃から、およそ100年間をピークとして現在に至るまで、欧米の人々に愛用されている絵の施されたブリキ製品をトールといいます。ブリキ製品といっても、正確には薄い鉄、または銀の上をさらに薄い錫で覆い、耐熱にするために炉で熱処理して、滑らかな表面に仕上げられた製品を意味しています。トレイ、大皿、水差し、マントルピースなどに使われました。(写真4)
“tole”とは、フランス語の鉄の薄いシート状、または平板状のものを意味する“tole”からきています。イギリスでは“Japan”もしくは、ウェールズの南にあるポンティプールという町に工場が多かったことから“Pontypool”とも呼ばれ、フランスでは“tole peinte”後になって“tole”と呼ばれ、アメリカでは“Japanned metal(tin) ware”と呼ばれていたそうです。
写真4
アメリカのトールペイント
新天地アメリカでtin wareが盛んになってくるのは、19世紀に入ってからのこと。イギリスから輸入された鉄板は、港から牛や馬を使って町に運ばれ、White smith (tinsmith)と呼ばれたブリキ屋の職人たちによって鍋やコーヒーポット、トレイ、缶、玩具などがつくられました。
町から村へ売り歩く“ペドラー”と呼ばれる行商人たちの荷馬車には商品がいっぱい積まれ、田舎の婦人たちはこのペドラーがやってくるのを楽しみにしたものでした。春の訪れとともにやってくるのも、久しぶりに東部のニュースを伝えてくれるのも、このペドラーの荷馬車でした。きっと婦人たちの手づくりのものと商品の物々交換があったりと、楽しい社交の場であったと思われます。ペドラーの持ってくるブリキ製品は、絵の入り具合によって値段も呼び名も違っていたようです。絵が最小のものを“painted tin”、充分に描かれているものを“Japanned ware”、豪華に装飾されたものを“tole”と呼んでいました。おそらく部屋中にフルーツや花、風景が描かれたtole wareで飾られていたのではないでしょうか。
時代とともに愛されるトール
銀器よりも安価なものとして愛され、時代とともにアンティークとなったtoleは、コレクターの間でのみ生き延びてきましたが、復活して再度注目を浴びてくるのは、この“トールペイント”の登場の頃となります。
toleは、装飾されたブリキの製品であり、トールペイントは、それに使われている手法のことを意味していることを思い出してください。
木から金属、金属からプラスチック、そしてまた、自然の素材“木”が見直されるようになった現在、トールペイントを通して“木”とのふれ合いを体験してみてください。絵心がないからといって手をこまねいているのではなく、誰でもが親しみやすく上手に描けるこのクラフトを楽しんでいただきたいと思っています。
参考図書 「トールペイントなんでもQ&A」 日本ヴォーグ社刊